古楽夢 ~七拾~
木曾海道六拾九次之内
草津追分 / 広重画
この絵の手前を流れる川は草津宿の北を西流する草津川である。この川は草津宿より高い所を流れていたので天井川とも呼ばれた。洪水になるとこの川は宿場を襲うこともあったが、平時はこの絵のように水が少なく、旅人達は仮橋で川を渡った。松の木が茂った堤防の途切れた間を通る中山道を少し行くと左から東海道が合流していた。ここを追分といい、常夜燈を兼ねた石の標柱が立っていた。この絵では木製となっている。この標柱には「右東海道いせみち、左中山道美のぢ」と記されていた。ここで東海道と合流した中山道は大津まで東海道と同じ道を通った。さて仮橋を渡ってくるのは手拭を姉さん被りにし、右手で窄めた傘を担ぎ、左手に風呂敷包を持った若い女である。歩き易くするため着物の裾は端折っているが履いた草履は結え付けていない。橋を渡って宿場へ向かう3人連れは母親と娘2人のように見える。母親だけが煙管を手にしている。3人は日帰りで神社仏閣へでも参詣に出掛けたのかも知れない。彼等を興味深く眺めているのは、川原へ流れてきた木の枝を集めにきた、幅の広い前垂を掛けた子供である。遠景に横に長く連っているのは比叡の山々である。(付記:図中の絵番号68は69が正しい)
通行手形加賀中納言