古楽夢 ~四拾弐~

古楽夢(四拾弐)

三渡野/広重画

三渡野は東山道地代からの古い宿駅で、その昔木曽氏一系の館があり、それを御殿といったことからこの宿場の名前が生まれた。この三渡野宿と北の野尻宿との間の中山道は、木曽川沿いの切り立った断崖を横切って棚のように設けられた桟(懸橋)の上を渡っていた。この桟は「木曽のかけはし」と呼ばれて木曽第一の難所として知られていた。しかし広重はこの危険な「かけはし」を避けて、『木曽巡行記』(天保9年刊)にある「此宿は田畑多く、木曽川両岸にあり」から示唆を受けて、のどかな田園風景を取り上げている。畑では麦の穂が吹く風にそよいでいる。手拭きで頬被りし、鍬を左手に持ち、煙管を横にくわえた農夫が、腰を屈めて右手で草を毟っている。農夫の女房は、右手で子供の手を引き、左手で昼飯と薬罐を入れた岡持を頭上で支えて畦道を選んで行く。同じ畦道では、風呂敷包みを背負い、後手をした旅人が、煙管を吸いながら農夫の仕事を眺めている。緑に覆われた丘の階段を登った先に立つ二つの鳥居は最も古い型の神明鳥居である。この奥に天照大神を祀る神明社でも建っているのだろうか。その脇の桃の木は紅白の花を満開に咲かせている。丘の麓を辿る街道の先に見える家々は三渡野宿であろう。



古頭形兜のご紹介

鉄地黒漆塗頭形兜

鉢は鉄地黒漆塗上重五枚張で、天辺に一つ穴を透した古頭形である。

黒漆塗古頭形兜

鉄地錆漆塗頭形兜 銘 長曽祢興里

本品は古頭形を写したもの。
鉢は鉄地錆漆塗上重五枚張で、古式な眉庇上には力強い眉を打ち出している